【 TAILORING-2 】
2025.10.28技術について

ロンドンにあったテーラー&カッター社は1866年から1970年代初頭まで
100年以上に渡り沢山の書籍を発行しつつアカデミーも運営し
業界の発展に大きく貢献して参りました。
この製図は紳士服が一番エレガントであったと言われる時代の製図であり、
端正で美しきそのあるべきクラシックなバランスは永遠の財産です。
日本の現代的な製図とはかなり違いますが、
体型も違えば価値観も随分と違います。
型紙は2次元ですから 生地を裁断して3次元の立体にすべく、
様々なテーラーリング(縫製・仕立て)術を巧みに用い紳士服へと仕立て上げます。

網目のかかった左側のパーツ、これが前身頃を内側から支える『芯地』です。
軍服をルーツに持つスーツの類は、男らしい構築された肩、
そして立体的な胸部やエレガントなシェイプから構成され、
芯地などは大きく貢献し その凛々しき姿はテーラードたる真骨頂でもあります。
型紙は主体として表地の裁断用であり、その型紙には
沢山の様々な体型的情報が内蔵されている訳です。
芯地の裁断(裁ち合わせ)はそれをベースに抜き取ります。
一般的には先に裁断された前身頃の生地に重ね、
その情報を転写するといった具合ですね。
此度のクライアント様は どの位のボリュームがどこに必要なのか、
ラペルの返りについては、、、そもそも芯地としての強弱は、、、
芯地の構成、組み合わせは果てしなく、
芯地のカッティング自体も価値観により多岐に渡ります。
英国の、そして古いテーラードであればある程 芯地の役割と共に
担うポジションも広く、単にフォルムの形成や支えだけでなく、
補うという要素さえ多分にありました。
芯地とは多少ズレますが例えば昔の紳士たち、一つの例を挙げれば
女性がバストにパットを入れる事がある様に、男性も臀部やふくらはぎ等に
増しパットなどが施されていた時代があります。
ベースとなる芯地に対し、胸増、肩増 など増芯を重ね、
ハ刺しを使ってそれぞれの芯地を一つにマッチングさせます。
このイラストでは最終的にフエルト(ハ刺しされているパート)を足し、
蓋をするように構成されております。
分かり辛いと思いますので一応イラストをご説明すると、
右側のイラストは右前身頃、左側の網目イラストは左側用の芯地単体、
真ん中のイラストが右前身頃(右のイラスト)のひっくり返された裏側(内側)となります。
右のイラストでは腰ポケットのフラップが見えますね、
ひっくり返すと その腰ポケットの袋地、
そして脇ダーツの縫割りされた縫代が見受けられます。
カッティング(製図・型紙作り)や芯の作りなどは
どんな服を仕立てたいのかにより手法が違いますので、
それぞれテーラーの(カッターの)思惑、
もしくはクライアント様のご要望により最適解を導き出します。
今週は久しぶりに仕立て術の続きをご紹介したいと思います。
真剣に集中して作業している最中、気付いた都度にしか写真を撮っていないので
結構分かり辛いと思いますが どうかお付き合い頂ければと思います!

これは出来上がった芯地であり、この上に前身頃を乗せ 躾糸で据えて参ります。
前身頃は 肩から裾に至るまで、ラペルの端から脇下までホールドされます。
ベースとなる芯地、これは毛と綿の混紡芯地です。(Body canvas)
勿論種類は沢山御座いますが、ベースとなる芯地選びは
私の価値観により選んでいるものをレギュラーとし、
あとはクライアント様のご要望次第で変える場合が有り得るといった具合です。
向かって左側が前端側であり、切り躾がみえますが ラペルの返り線です。
薄いグレーのテープが見えますが、それぞれにそれぞれの分量を切り開いたダーツがあり、
切り抜き突合せにしてテープで止めます。
これらのダーツにより欲しい位置へ欲しい量のボリュームを生み出します。
この意図するボリュームを内側から支え、維持させるのが胸増芯となります。
膨らみにはポツポツと見えるのが貫通しているハ刺しの糸であり、
アームホール側の肩部のみハ刺しされていないのでポツポツしていませんね。
この肩の部分は骨格に伴い前肩(個人差あり)にする処置を施すのですが、
この部分だけは後ほど行います。

胸増芯は『バス芯』と呼ばれ、昔ながらに馬の尻尾を使った芯地です。
とても弾力が強く、ハリコシに富んだ高級な芯地です。(Chest canvas)
この弾力が程好くボリュームを内側から押し支え、
立体的な胸のボリューム形成に繋がります。
コスト面含め、この本バス芯を使用していない所もありますし、
そもそも毛芯の代わり含め今ではポリエステルなどで代用する芯地もあるくらいです。
皆様におかれましてはやっぱり昔ながらに天然繊維の芯地が良いですよね!
どんな芯地が使われ、どんな作り方をされた服なのか、、、
分解してみないと分かりませんので幾らでも、、、、
お分かりですね、お安い服にはそれなりの理由も必ずあります。
これはベースとなる裁ち合わせされた芯地から更に胸増芯を抜きました。
これからベース芯で発生させたボリュームを
こちらでも合わせて発生させる必要があります。
出来芯(既製服含め既にアバウトなサイズで出来上がっている芯地)や
多くのテーラーでは このバス芯にさえ表側のベース芯と同様に
鋏を入れダーツによりボリュームを出させています。
しかし それはナンセンスです!
折角の高級な弾力のあるヘアー(馬の尻尾:緯糸に使われています。)に
鋏を入れてしまうと 願わぬとても大きな副作用が出ます。
では どうやってベース芯に伴うボリュームをダーツ無しで発生させるのか、
それはアイロンによる『クセ取り』です。
右側は裁ち合わせたばかりで素の状態であり、フラットですね。
左はクセ取りを行ったバス芯であり、
グワっと大きなボリュームが出ているのが分かりますね!
このクセ取りという行為で成形できなければダーツで処理するしかない
という事になりますので大量生産が前提の縫製工場で作られる
出来合いの芯地は全て基本ダーツ処理です。
これをベース芯に据え、ハ刺しで留め付けるのです。
これが胸増芯ですから肩増芯含め重ね合わせ、
部分的強弱を付けながら芯地を組み上げて参ります。

カタカナの『ハ』の字に見えるのでハ刺しと呼ばれます。
一針一針ボリュームをKEEPさせ、
『この場にいろよ!』とメモリーさせているのがハ刺しです。
少し波打って見えるのは意図的であり、縦方向にユトリを強制的に入れ込みます。
接着する事なく、それぞれの芯地の個性を活かす為にフラシで仕立てられます。
ハ刺しのハの字に伴う大きさやピッチにも意味・意図があり、大き過ぎては勿論ダメ、
細か過ぎても時間が掛かり過ぎであると共に硬さも増してしまいます。
何事も程好く、意図するファジーさがこの位であると私の価値観です。
使われる糸はシルクの手縫い糸、細過ぎず太過ぎない程度です。
若い頃に習った時は綿糸(カタン糸)であり、コストも関係しているでしょう。
(因みに、カタン糸は「コットン」がなまってカタンと呼ばれるようになったとか!)
絹糸はその分高額ですが、芯地と同じ動物繊維である事、
綿糸より滑りと馴染みが良く絡み辛い事などがメリットとなります。
(カタン糸は水通ししてから使っていたので、それはもう絡まりやすかった!)
糸色はですね、、、これ、たまたまの水色なのですね。
全く透けない表地・裏地であれば 使用頻度の低い色を
優先消化する為に使っているので色は色々です(笑)。
もし透ける可能性があれば芯地に色合わせですね。
ハ刺しの糸を良く見て下さい、緩く遊び(たわみ)が見えるでしょうか。
これも意図的であり、狙ってこの緩さなのです。

ハ刺しを終え、組み合わされた芯地として完成です。
私はフエルトを基本的に増しません、フエルトの役割・意図を欲しないからです。
むしろ無い方へメリットを見出しています。
ただし、必要なケースやリクエストがあれば別ですよ。
次の工程は『芯据え』となりますが、その前に芯地、表地それぞれに
クセ取りと共に馴染ませるプレスを確りと行い、寝かせます。
織物は生地でも芯地でも 基本的には撚糸により構成されています。
撚糸は熱で一時的にキュっと強く撚りが強くなりますし 動物性繊維は特に動きます。
冷めると元に戻りますので、戻る前に次の工程へ進んではなりません!
寝かしている間は他の作業を進めますよ。
良く寝かせたら『芯据え』というとても重要な工程です。
芯据えとは 表地と芯地を躾糸によりポジション同士を適合させ、
ボリュームを馴染ませ合体させる工程です。
かなり重要なパートであり、ここでも腕の差が出るでしょう。
仕立て上がった服へ多分に影響を及ぼし、
この工程が上手くなければ仕立服のレベルは上がりません。

本気で集中して芯据えを行い、次はポケットを芯地に綴じます。
ここまで芯地と合致すれば 次はいよいよ極薄な部分増芯を噛ませラペルのハ刺しです。
この工程は分かりやすく、かつ有名でもあり目にされた方々も多い事でしょう。
ラペル=下衿 は内側が表側に反り返っている状態で成り立ちます。
ですから綺麗なロールを描き、重なりあった生地たち
(表地、芯地、増芯など)を捲ると『内回り・外回り』の作用により
フラット時とはズレが生じます。
例えば折り紙を半分に畳み、更に半分、更に半分、、、
角を合わせて綺麗に折れませんね。
それは折り紙の厚みも作用し内側と外側で距離差が発生しています。
ハ刺しというのはメモリーであると言いました。
「ここに、こんな感じでいるんだよ!」という形状を手で作り出し、縫い留めるのですね。
ラペルで言えば捲ってロールを作り、その発生した距離差を
そのままKEEPさせておくという事になります。
同じ事を肩パッドでも行いますが、
肩パットの作り出す立体度合いはもっと複雑です!
技術論は説明が難しく、、、文字ばかり増えますね(汗)‼


刺せましたね!
ラペルの角だけ 更に細かなハの字、かつ方向性を変えてあります。
角のその部分だけ更に絞り出すように刺します。
より強く内側に反り返るよう巻き込まれているのが分かるでしょうか!
糸は芯作りで使った糸より更に細い絹糸を使用します。
細い糸でハの字も芯地より細かいですね、そして糸のタワミほぼも無し!
ハ刺しは色々な個所で多分に採用されますが、
それぞれのパートでアプローチが違います。
各箇所での役割、担う目的が違いますから 見合う糸やピッチ、
緩さなども違っていて当然なのです。


ラペルのハ刺しの糸色は必ず生地に合わせます。
ハ刺しは掬い縫いでもあり、その時使われる表生地の厚さ、この厚さの半分を掬う訳ですが、
生地が春夏地の様に薄くなればなるほど 当然難しくなります。
そう、芯地でのハ刺しと違い
ラペルは裏側に糸が貫通して走っている様ではダメなのです。
故にポチポチとくぼみの様に見える感じとなりますよ。
修業時代は糸が出まくりでしたが練習・経験あるのみです!
段々と指が感覚を覚えますし、針を刺す向こう側(裏側)には
部位を摘まんでいる指を置いていますからその裏指に刺さったら貫通ですね、
そこから引いて針を戻す感じです。
なので慣れない時は指の腹がとても荒れて、、、懐かしい話です。
このラペルへのハ刺しが終われば意図的に付けた折角のロールをガッツリと
本気で潰し込むようフラットにプレスを掛けます。
まっ平らでぺったんこ、平たい板みたいになります。
矛盾した行為の様ですが、
植え付けたハ刺しによる「メモリー」は決して無くなる事はありません。
程好く馴染んで芯地と表地が正に一体化し、一つの下衿として確立されます。

次は端打ちテープ(伸び止め)です。
正確なラペル、そしてフロントの線を引いてキャラコ(縦地の綿サラシ)を付けます。
サラシを湯通ししてプレス、割いて正確な縦地の目でテープ状へと二分割にします。
ですがこの端打ちテープは既製テープもあり、麻のテープなどもあります。
出来上り線に対して据え、部分的に引っ張りめであったりと
そこら中に『手加減』が操作として内蔵されています。
カラゲ縫いにより丁寧に表地と、そして芯地へとカラゲて参ります。
このテープは伸び止めでもあり力芯でもあります。
ゴージラインからラペル、フロント、
裾へと芯地の有る所(もしくはもう少し延長)まで!

・・・・・ふぅ~、この度はここまでとさせて頂きます。
見えない所で どれだけの考慮や手作りによる時間が掛かっているのかが
垣間見る事が出来ましたら頑張って書いている甲斐が御座います。
一つ一つの小さな技術には 狙った意図があります。
その技術を用いつつ、更に微妙な手加減が内蔵されているのです。
技術(手法)は一つではなく、多岐に渡りますが、
それぞれにメリット・デメリットが存在します。
全てを理解した上で、この生地ならば、このスタイルならば、
このリクエストだからとチョイスされるのです。
故に技術の懐は広ければ広い方が良く、様々な技術に興味を持つ事が大切です。
服作りとして100点を目指しますが手作りではほぼ有り得ません、
だから楽しく、そして難しく遣り甲斐があるのです。
どの道でも職人は同じですよね!

ではまた続きを書きますので、その時まで、、、、、
最後までお付き合い頂きまして、誠に有難う御座いました。
・・・・・恐縮ながら来週のBLOG更新はお休みとさせて頂きます。
次回は 11月11日(火)を予定しております。
2025年も2か月を切っているではないですか、、、!
どうか引き続き宜しくお願い申し上げます。
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